まさおまっさお

思ったことを書き残す所だよ

     

結局逃げているわけでして。

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Photo credit: torne (where's my lens cap?) via Visualhunt / CC BY

逃げるのが悪いことではない。

でも、心の中で逃げたくないと思っているのに、行動が逃げてしまう。

そんなことって結構ある気がします。


「言葉が逃げている」という状態


先程ツイッターに

やっとやる気が出てきた。
何でも良いから作っていく。


と書こうと思って気づいたんです。


私はたまに

「あーやる気出ねえ」

って書きたくなる時があるのですが、その時の自分は大抵、心の中で

「今日はやんなくて良いや」

と思ってしまっているんです。


そうすると結局、意気込んで臨んだ連休も、どんな目標を立てている時でも、「目標なんかどうでも良いや」「まぁ来週の土日がんばろ」と、途中で曖昧になったまま進んでしまいます。

このままいけば何年経っても同じ状態にあるのは明らかですが、そんなことを考える余裕もなく「やる気でない」という脳内の魔法に流され、気づいた時には「やらない」方向に面舵いっぱいな感じです。


やる気のない言葉が先か、それともやる気が無いという状態が先か、どちらが正しいかはわかりません。

でも「引き寄せの法則」などにも見られるとおり、「先に自分で思い描いておくと、その結果が後に来る」という考え方は多く存在します。

このTEDでも同じような事が言われています。

ショーン・エイカー 「幸福と成功の意外な関係」

実際には 周囲のことがすべて分かったとしても その人の長期的な幸福について予想できるのは10%くらいで あとの90%は周囲の環境ではなく 脳が周囲の環境をどう処理するかに かかっているということです


ここでは「自分が周囲をどう捉えるか」が大事と言っていますが、それと同じくらい「自分が自分をどう捉えるか」も重要なんじゃないかと思います。


自分のことを常に「やる気がある状態だ」と捉えられたら、それはつまり、良い方向に向かう準備ができたってことなんじゃないでしょうか。

つまり

というのはつまり「Unityでゲーム開発する」って言い始めてから、結局何ヶ月も、ほとんど何もしないまま過ごしてきた、という事実への言い訳であります。

「なんかやる気にならない」という曖昧な言い訳を盾にしたまま、行動するのを避け続け、それでいてブコメではしょっちゅう「行動は正義だ」的な発言をばらまいてきた訳です。

その矛盾した事実に、先程ツイッターにつぶやこうとした瞬間にようやく気づいてしまいましたので、今日は少なくとも5時間くらいはUnityを触っていられるよう頑張ってみようと思います。

今日はせっかく「なんかやる気が出てきた」日ですので。

頑張れ俺